News

「特許のお知らせ」

2026/03-

特許のお知らせ「Resonance Painting(レゾナンスペインティング)」

2026年3月、絵画技法に関する特許を取得しました。
本ページでは、特許技法「Resonance Painting(レゾナンスペインティング)」の概要およびステートメントを掲載しています。

技法概要と意図

本技法(特許第7839750号)は、異なる性質を持つ素材同士の反発関係を制御し、組み合わせ可能にすることで、高い反射性と透明感を実現する描画技法です。

制作の過程においては、従来の絵画素材や美術内部で共有されてきた方法論だけでは解決が難しい課題に繰り返し直面してきました。とりわけ光沢表現に関する問題を出発点とし、分野外の素材や技術も含めて検討する中で、油分の制御という工程を組み込むことで、高い反射性と透明感を両立できる描画方法に至りました。

本特許が公開されることで、制作の中で課題に直面した作家が、その解決の手がかりを分野外に見出すという視点を、ひとつの選択肢として提示することを試みています。

また、従来であれば個人の試行や経験に留まりがちであった知見を、特許という制度を通して記録し、共有可能なかたちへと開く点にも意義があると考えています。暗黙知として蓄積されてきた制作上の工夫や発見を、参照可能な形式として残すことで、制作と技術の関係に新たな接続をもたらすことを意図しています。

一般に特許は独占的な権利として理解されることが多いものの、本来は一定期間の権利保護と引き換えに内容を公開し、社会に還元することを前提とした制度です。本取り組みにおいても、制作の過程で生じた課題とその解決のプロセスを、共有可能な知として残すことをひとつの目的としています。

さらに本取り組みは、特許制度の理念が美術の領域においてどのように作用し得るのか、またそれが適切な枠組みであるのかという点も含め、検証的に進めている試みです。

その過程自体が、表現と作家の関係について考えるひとつの契機になると考えています。

ステートメント

[読む]

私は「インナースペース(Inner Space)」という、身体の内部に広がる心的・感覚的な空間を起点に制作を行っている。ここでいうインナースペースとは、形のない思考や感情、言葉になる前の衝動、体内に流れるリズムや呼吸など、私たちが日常では意識せずに抱え続けている内的世界を指す。

私は身体をひとつの空間としてとらえ、その奥で生起する無意識・前意識・意識の層にまたがる活動──感情が生まれる前のざわめきや、皮膚の裏側でふと立ち上がる緊張、外界との接触を予感するときの微細な収縮──を手がかりにイメージを形づくっている。こうした身体内部の経験を外部へと転換し可視化するため、油彩、版画(シルクスクリーン)、インスタレーションなどのメディアを用いている。

私が関心を寄せているのは、自己と他者、内面と外界の境界がどのように交わり、揺らぎ、変容するのかという問いである。とりわけ皮膚という物質的な膜と、そこに宿る感覚の閾に注目し、パーソナルスペースや接触の間合いに潜む繊細な感覚を探求している。

私はこの制作を通して、他者の内側にも自分と同じように見えない活動が存在することを、私たちはどのように想像しうるのか、その想像のあり方が他者との境界や距離をどのように形づくるのか、という問いを提示したい。

現代の社会では、自身の内側に何が生じているのかを十分に感じ取る前に、他者との距離や関係性が定められてしまうことがある。その結果、自己の感覚が曖昧なまま他者と向き合い、内面のすれ違いや境界の不調和が生じてしまう。私は、見えない内側の空間を描くことで、自身の感覚に立ち返りながら、他者との距離や境界を測り直すための余白をつくりたいと考えている。

作品が、鑑賞者にとって自身の内面へ降りていくための入口となり、外界と内的世界のあいだに潜む複雑性や、そこから生まれる微かな共鳴に目を向ける契機となればと願っている。

批評

稲木吉一

(女子美術大学名誉教授・日本東洋美術史)
1990年 
『新薬師寺と白毫寺・円成寺』保育社(共著)
200708年 
『週刊・日本の仏像』講談社(監修)
2021年 
「何香凝の日本留学の意義」女子美術大学研究紀要第51号

[読む]


『漆黒色』の誕生

 片平ゆふ子は、磨き上げられた漆の床を歩いた時、「漆黒」の闇に浮かぶ床の光沢の美しさに引き込まれた。その際、上下の感覚は曖昧となり、浮遊感が生じ、画面の前で自分は床の反射によって映り込まれそうになる。その体験をもとに、油絵具による「黒」の可能性に着目し、美術界では珍しい「特許」を取得した。

 そもそも漆黒とは、黒漆を塗った漆器のような深く艶のある黒色のこと。純粋な黒、黒の中でも最も暗い色の意として使われることが多く、暗く濃密な闇を「漆黒の闇」、真っ黒で艶のある髪を「漆黒の髪」というように、黒の情緒的な表現方法として用いられる。

 ちなみに精製された漆は、もともと茶色がかった透明をしており、黒以外の色漆(朱色など)は透き漆に顔料を混ぜることで色味を出す。対して黒色だけは、精製の段階で鉄分を混ぜ、鉄の酸化作用によって、漆自身が黒色に変化したもの。いわば漆の黒色は他の黒色とは異なり、漆でしか出せない漆特有の黒として「他にはない黒」である。

 そこで片平は、油絵の黄変や乱反射といった光沢表現の問題をカバーすべく、「漆黒」に包まれた光沢の質感を求めて研究を進めた。特許には「新規性を有し、自然法則を利用した技術的思想の創作」と定義され、それは共有可能な「知」として社会に浸透されてゆく。そして新たな油絵具の「黒」として、「漆黒色」と呼ぶに相応しい独自の黒が誕生したのである。

稲村めぐみ

(東京大学博士課程・宗教学・現代美術)
2017年 
武蔵野美術大学造形学部油画学科卒業
2023年 
『日本人無宗教説』筑摩書房(共著)
2025年 
「アフター・ザ・クエイク」宗教監修

[読む]


「皮膚の彼方の宇宙」

 銀河の彼方ではなく、人間というミクロコスモスの内部への旅を描き出したSF小説家J.G.バラードが指摘するように、内宇宙インナースペース―不可視の精神世界や無意識、前意識、夢、内的衝動―を探究する試みは近代以降の美術に繰り返し現れてきた。この意味で、片平ゆふ子もまた、象徴主義以来の不可視のものへの関心、シュルレアリスムの無意識探究、さらに抽象表現主義における内的経験の可視化といった“内宇宙インナースペースの図像学者”の系譜に位置づけられる。

 ただし片平の特徴は、作品を私小説的な内省として閉じるのではなく、鑑賞者が巻き込まれ、他者との複雑な関係を問い直す関係的な空間として提示している点にある。この点で片平の仕事は、受容や関係性、共感覚的経験を重視する現代美術の潮流とも響き合っている。

 さらに、この関係論的な視点は作家が皮膚というモチーフを重視していることからも明らかになる。精神分析家のディディエ・アンジューが提唱した「皮膚-自我」の概念によれば、皮膚はたんなる自他の境界ではなく、心的内容を保持する容器であり、他者との接触によって自我を形成する膜である。皮膚-自我の観点からみれば、片平の作品は内面を表現するだけでなく、見るものの姿を反射しながら取り込むレゾナンスペインティングが呼び起こす身体感覚を通じて、内面が成立する条件そのものを露出させる。外なる宇宙と内なる宇宙が出会い、自己と他者が関わり合いながら生まれる場としてのインナースペースが、沈みながら浮かぶ漆黒の絵画の表面に立ち現れているのである。

小林宏道

(元多摩美術大学美術館学芸員・文筆家・写真家)
1988-1992年
多摩市複合文化施設パルテノン多摩学芸員
1994-2019年
多摩美術大学美術館学芸員
2025年 
『越境のアーティスト 富山妙子』皓星社(共著)

[読む]


片平ゆふ子の内側と外側への視座


 人間にとっての創造への営みは、自らと周囲に対する弛まぬ観察や洞察、飽くなき想像力や好奇心によって醸成され続ける。それは芸術家や文学者、科学者や技術者にとっても等しく課せられた行動原理となっている。かつての保守的な社会風潮として(殊に日本でも)芸術系の志向と理工系の志向は対立し、分化されるべきものという先入観も強かったようだが、もはや現代における創造への探求にそれらは越境すべき事象となってきている。

 美術家の片平ゆふ子が、自ら志向する作品表現のために、既成の技法や素材に固執せず、またそれらの使い方にも疑義を持ち、従来のものとは異なる表現世界や視覚効果を現出させたことは、その成り立ちを含めて必然的なものが感じ取れる。ルネッサンス期におけるレオナルド・ダ・ヴィンチやアルブレヒト・デューラー、近代のシュルレアリストのマン・レイやマックス・エルンストの例を見るまでもなく、芸術家がその表現世界を具現化するために自ら考案したり、新しい技術や素材を導入したりすることは、決して異質でも忌避されることでもない。

 具体的に片平ゆふ子の創作やそのコンセプトに目を向けるならば、作品を通して作者自身と鑑賞者の双方に単なる物理的な意味を越えた内面への意識を誘発させる、視覚効果や表現の構築が「インナー・スペース」として形成されている。片平の作品には既成の四角い額縁やフラットに張られたキャンバスやボードのような絵画の概念を逸脱する空間への取り組みがあり、また画面に施された鏡面のような滑面加工は透過を伴う多層的な処理により、硬質なイメージではなくむしろある種のヌメリや湿りに似た感覚を誘発させる。そうした絵画空間に用いられるモチーフたちも、写実とは言いがたい一見マニエリスム的な歪みや変形を伴った描写がなされている。それはむしろトポロジカルで我々が普段意識している空間や次元と異なる座標や位相に転化されているものと言えよう。

 作者にとっても鑑賞者にとってもそれは単に視覚上の問題だけではなく、感覚的、心理学的、あるいは世界観と言ってもよい自己と空間へのアプローチが試される作品との対峙を派生させる。しかも作品の内面と外界とを分断する存在である境界の存在に踏み込ませるため、時として異形のモチーフや異質な描法を混在させたり、表面にクラックや付着物を配置させたりして「内と外の間にある何か」を想起させようとする。見る者にとっては作品という物質的存在の元では、表面という殻や皮膜のような境界を意識しがちだが、こうした物質性を凌駕する視覚と認識の交錯からは、はっきりとした物質的境界をもたない量子論的境界すら意識させるのではなかろうか。ツルツルとした硬さもあり、しっとりとした軟らかさもあり、平面的に描写されてもいるが、半立体のようにトポロジカルな視覚体験もある。それは二律背反でありながら複合化される相対的な自己と他者への探求へと誘う端緒にもなろう。そうした意識下にある内と外を知覚させる存在は、決して固体や液体、気体といった物性に依るものとも言えず、むしろ東洋的な概念として古くから使用され続けている「気」に通じるかもしれない。

 それらを視覚作品へと成立させる手法として開発された「レゾナンス・ペインティング」は、単なる絵画の表面加工の手段ではなく、その鏡面的な反射による写り込みと同時に体験される多層的で相乗的な空間性の拡張を誘発する起爆装置として、必然的に導き出された創造的プロセスと言えよう。私自身は視覚や意識における内と外という概念や体験を顕在化させるものは固定化された境界や外皮(殻)ではなく遠近感の問題と考察しているのだが、片平ゆふ子の作品と取組みからも、それに最も近い共感や領域が感じ取れるのである。



BACK
COPYRIGHT© Katahira Yufuko. All Rights Reserved. Site Created by Supira.